第3回通常総会報告

◆第3回 通常総会◆ 報告
日時:2006年6月5日(月)13:30〜16:30
場所:ぱるるプラザKYOTO

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去る6月5日に行われた第3回通常総会で行われた記念講演の内容と当日の様子をご紹介いたします。
当日は参加者が約60人と盛況で、会員の商品サービスも展示するなど、会員同士が交流するよい機会となりました。

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(記念講演以外の内容抜粋)
2005年度の事業報告、収支決算、役員変更についての審議承認、2007年度の事業計画、収支予算の報告。
2005年度新入会員紹介、会員活動紹介(佐川急便株式会社、有限会社糺書房)

記念講演
テーマ:「環境と経済・経営・社会」

ueda

京都グリーン購入ネットワーク代表幹事
京都大学大学院経済学研究科教授及び同地球環境学堂教授
植田 和弘氏

はじめに

10年から5年前あたりまでは、「環境と経済は両立しない」と考えられてきました。産業活動を活発にすると、汚染物が多く排出されるなど環境問題が発生します。逆に環境を保全すると産業活動が停滞してしまう。こうなると、どちらを選択するのかという話になり、とても困ります。個人的には環境が大事だと思うけれども、会社としては経済発展してもらわないと困る。このように、環境を立てると、産業活動はうまくいかなくなる、といった状態を環境と経済の「トレードオフ」といいますが、最近では、環境省など政府も、環境と経済の「好循環」、環境と経済の「両立」といった立場を主張しています。果たして本当に、環境と経済の好循環は起こるのでしょうか。また、環境と経済は両立するのでしょうか。私はそれほど簡単なことではないと思っていますが、概して、その様な方向での議論が近年展開されてきたように思います。

環境と経済の関係

まずは、「環境と経済の関係」について考えたいと思います。この問題点については、ここ10年くらいの間に議論が深まりました。「環境と経済の両立性」という表現でもいいかもしれません。専門的見地からは、両者は切り離して考えるべきであるという議論が多く聞かれる様になりました。ここでは、「環境税と二重の配当」、「ファクター4・ファクター10」、「脱物質化社会」、「ポーター仮説」、について概観した後に、それらを経営の話へ展開させて行きたいと思います。

「環境税」と「二重の配当」

「環境税」について考えてみましょう。環境税については、日本ではまだ議論の段階です。しかし、海外では、化石燃料を燃やすことに課税するという事例としては、フィンランドが、1990年の段階で既に「炭素税」を導入おります。また、その頃には既にドイツでも議論がされておりました。ドイツの議論は、いわゆる「二重の配当」に関する議論でした。これに対して現段階での日本の環境税の導入を巡る議論は,導入するべきか、否か、という入り口論で、どのような制度にしたらいいのか、という議論にはなっていません。
さて、この環境税を巡る議論で登場する「二重の配当」の考え方はビンスバンガーによって提唱されたものであります。環境税の議論で、この「二重の配当」の議論は、極めて有益な視座を提供してくれます。
ビンスバンガーによると、1983年の段階では、今日支配的なケインズ的経済学は、やはり環境と経済は両立しない、と結論づけていました。つまり、ケインズの考え方に基礎をおくと、政策的に完全雇用を目指すため、全ての人々に職(仕事)があるように、成長が不可欠とされます。成長すると化石燃料の消費が増えてしまいます。逆に温暖化防止を考慮した場合、化石燃料の消費を減らすためには、どうしても成長率も落とさなくてはならなくなります。成長率が落ちれば、雇用状況が悪くなり、その結果、環境と雇用とが、両立しないものになってしまいます。従って、二者択一、どちらかをとらなければならなくなります。人々が何に価値をおくか、つまるところ、環境の方により多くの価値をおくのか、雇用の方により価値をおくのかの境で妥協点をさぐらなければならなくなります。従って、両立が難しいわけですから、人々の選好に基づいて、「環境はこの程度、経済はこの程度」といった具合に実現する、ということになり、もっとも満足度が高い状態をつくろう、という話になります。
ところが、ビンスバンガーは、「環境も雇用も両方とも大事であるのだから、なぜ、どちらも実現する方法を考えないのか。経済学者だったら考えるべきだ」というのです。つまり、「雇用だけが大事なわけではない。雇用は大事だ。しかし、環境も大事だ。そうすると、どちらかということではなく、どちらも、という話をしなさい。そして、そのための構造改革を考えるべきではないか」というわけです。そこで、ビンスバンガーが考えたアイデアが、「二重の配当」ということでした。具体的には化石燃料に対して課税し、そこで得られた税収を雇用増に活用する、ということでした。
ただ、この環境税を活用する際の大切な点は、税収の使途にありました。課税すると税収があがる。よく誤解があるのですが、環境税を課すということは、環境をよくするために課税するということですので、効果が上がれば、税収が減るのではないかと指摘されます。そのとおりなのですが、税収がゼロになるわけではありません。もし、化石燃料の消費をゼロにしたいのであれば、禁止すればいいだけの話です。ゼロにすることが目的ではないわけです。排出量が多すぎるから減らそう、といっているのです。具体的にいうと京都議定書における目標が6%削減だからそのぐらいの数値まではいきたい。ということは、税収はまだかなり増えていきます。この点については実証済みで、政府の税制調査会の会長をやっていらっしゃる石弘光先生が、1994年にハーバード大学で開かれた国際財政学会で報告しています。当時ヨーロッパでは炭素・エネルギー税を導入するということが議論になっており、ヨーロッパの炭素・エネルギー税の税率は低かったということです。これを1992年の日本の税制に取り入れた場合、低税率なのに税収が3.6から3.8兆ほどあがる試算でした。消費税を1%あげても、これほどあがりません。化石燃料を使っていない産業はないといってもいいため、化石燃料を念頭においた環境税だと、かなり低い税率でも税収がかなり上がります。
ビンスバンガーのアイデアは、この税収を企業の社会保険料の軽減に使おうということでした。ヨーロッパでは若者の失業率が高いので、若い人の雇用を増やすのは重要な意味を持っています。つまり、若い人を雇用する企業の社会保険料の軽減に使用する、ということです。だから、環境税をかけることによって税金は増えますが、社会保険料は軽減されるのでトータルは相殺され、税収は増えません。税収は増えないのですが、環境税を課すことで温室効果ガスの抑制にもつながり、なおかつ雇用促進にもつながる。このアイデアはドイツやデンマークなどでも、ほぼ同じ考え方が実際に導入されています。日本も2004年の環境省の環境税案は5000数百億円の税収で、そのうち1500億ぐらいを社会保険料の軽減に使おうとなっていました。これは、もともとビンスヴァンガーのアイデアなのです。これを上述の「二重の配当」と言います。つまり、環境税で、温室効果ガスが削減できて環境がよくなるという配当と、雇用が促進されるというもう1つの配当があるという意味で、「二重の配当」という言葉を使っているのです。これには、もちろん、賛否両論がありますが、実際に実践されているアイデアの一つなのです。

ファクター4、ファクター10、脱物質化社会

次に、ドイツから出てきたもう1つの議論を紹介します。「ファクター4」、「ファクター10」などといった言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。日本の家電メーカーでも、「ファクター5」といっているところもあります。「ファクター4」というのは、基本的に技術革新を意味しているのですが、豊かさは2倍にするけれど、環境負荷は2分の1にする、というものです。技術革新によって、4倍良くなるというものです。つまり、技術の質を改善することによって、サービスや提供する材を生産する際の負荷を軽減します。材質の良いものを提供すると、負荷は半分になるわけです。「ファクター10」は、先進国1人当たり資源・エネルギー消費量(あるいは二酸化炭素排出量)を、2050年に現在の1/10に削減することを目標にする、というものです。ドイツのヴァパータール研究所から提唱されました。これはすごいけれども、まだまだいけるようです。家電メーカーなどに話を伺ってみた場合でも、かなり実現されています。環境管理システムなどを入れるとますます分かりやすくなると思いますが、これは実現可能性が高いのではないでしょうか。つまり、抜本的な技術革新で変えていくのです。類似概念としては、「脱物質化」というものがあります。同じものをつくる際に、できる限り、物質の使用量を少なくしてはどうか、というもので、廃棄物がまず減ります。通常、売り上げが増えると必ず排出量が増え、生産量が増えると必ず汚染物質が増えるといった通念や思いこみがあります。ある程度は現実にそうでした。これまでは、あまり意識していなかった点を意識的に取組んで行くと、かなり環境負荷の軽減ができる可能性があります。

ポーター仮説

ハーバード大学でマーケティングを研究しているポーター教授が提唱した「ポーター仮説」についてお話しします。
このポーター仮説は、日本の事例を参考にしているのがポイントです。1970年から1985年ぐらいまでの15年間について日本、西ドイツ、アメリカを比較しているのですが、日本と西ドイツでは環境規制が厳しくなっていきましたが、生産性の向上も経験しています。よく環境規制が厳しいとコストがかかるといわれますが、実は環境規制が厳しい方が、生産性の向上率が高かったのです。環境規制というのは、利益を生まない投資だと言われてきたのですが、ポーター教授はデータをみると実は逆になっていると指摘したのです。
当時の状況を概観しますと、日本の自動車の排ガス規制や、1970年代のアメリカは、マスキー法による大変厳しい排ガス規制がみられました。アメリカの自動車業界は当時寡占状態で、圧倒的にビッグ3でした。経済的にだけでなく、政治的にも圧倒的な力をもっていました。その力を使ってマスキー法による規制を延期させていったと言われています。当時の日本は、小さな自動車企業が競争しているという状況でした。多くの日本の自動車企業は、アメリカ市場に進出したいと考えていました。
日本国内でも、大気汚染はひどかったので日本版マスキー法をつくろう、という動きがありました。今では、楽々とできる排ガス規制基準なのですが、日本の企業も、最初はその規制は達成「できない」と言っていました。しかし、日本のある企業が達成「できる」と言いだしました。日本は面白くて、1社が「できる」と言うと、いつのまにかすべての企業ができるとなった。つまり、規制を技術革新で超えていったのです。技術革新は意味があり、製品の質が良くなっていきました。さらに時代が味方し、オイルショックがきたので、「燃費が良い」ということが価値を持つようになりました。このような背景の下、日本車が売れるようになったのです。このことは、日本車が、アメリカ市場に進出していく一つの契機にもなりました。「必要が発明の母」と言いますが、技術というのはそういうもので必要があると、やはり開発されてくるものです。
当時の技術開発に携わって、副社長までされた方に当時の話を聞きにいった事があります。貴重な話を聞くことができました。1つは技術者の考え方についてですが、「ものをつくるのであれば、一番いいものをつくる。」そして、「世界のトップを目指すこと」が大切であり、常にそう考えてきたとおっしゃっておりました。また、「自動車の一番厳しい排ガス規制は常にといっていいほどカリフォルニアで生まれるので、「その規制基準は、必ず超える」ということを常に意識してきたから、日本で厳しい規制ができても超えられる」とのことでした。
環境のための技術といったら、末端にある技術だと思われてきました。ところが、その方は「環境に取り組むためには、技術力全般がないとだめだ、車を軽くするとか、使っている素材全部を見直すとか、そのようなことができる力量がないといい技術は生まれません。積極的に環境に取組んだことで、開発力が高まった」というのです。ポーター教授は、積極的に、戦略的に、環境が新しい技術を生みだす、一つのドライビングフォースになる、と考えたのです。  さて、加えて、高度経済成長している中国はどうでしょうか。電気のない暮らしをしている人々が、少なくとも2000万はいると報告されています。こういうところにも、経済成長の恩恵が届かなければなりません。日本では現在、7900万ぐらいの自動車が走っています。同じ人口比率で中国で走ると8億台を超えます。この数は、現在、世界で走っている自動車の総数です。Only One Earthといいますが、もし、今の中国が日本並みになったら、1つの地球にもう一つの車社会ができるようなものです。インドも、そうなるかもしれない。もちろん、自転車にさまざまな技術的工夫もしなければいけませんが、まさか、「中国は自転車で」という様に考えるのは難しいでしょう。我々は、環境の観点から行わなくてはならない技術革新がたくさんある、と考えていいと思います。環境というのが技術開発のドライビングフォースになるというポーター仮説を立てました。戦略的環境政策みたいなものを意識的にもっと行わなければなりません。ただ学会では認められている議論というわけでは必ずしもありません。そう簡単なことではありませんが、発想は面白いと思います。

各概念の共通点

これら各概念の全てに共通するのは、それらが、環境と経済をの両立や好循環ないしは悪循環を断ち切るためのアイデアである、ということです。ここ15年くらいで頻繁に見られる様になりました。これが、私が研究している分野の一つの特徴でもあります。学術的に全てが定説になっているわけではありません。ただこのような議論が増えてきたというのは確信を持っていえるし、このような議論を増やしていかなければなりません。どちらかしか選択できない、というのはおかしいです。どうやったら、より環境と経済が両立できるかを考えていかなければなりません。

経営分野への反映

今度は、このような議論を経営分野にも反映させなければなりません。経営は、経済とは違います。マクロで環境と経済が両立するとなっても、経営は個々の企業の判断になります。ここでは、個々の経営をどのようにしていくかが問題となります。経営と言った場合には、京都グリーン購入ネットワークなど全てのアクターを考慮していかなければならないでしょう。企業はもちろん重要なアクターですが、個人とか家計とか、様々な組織、団体、それぞれが、環境管理システムに関与していくことが肝要です。さらに、本来であれば、家計も含める方が好ましいでしょう。我が家の環境管理システムといった具合にです。「ごみを出さないようにしよう」というのは、そのようなことの始まりです。環境家計簿をつけてみたりするのも良いでしょう。全ての個人、家計、組織といった単位で、環境管理システムを導入することが大切です。その中でも、とりわけ企業は力がありますし、扱っている量も多いので、影響力のあるセクターといわざるを得ません。ISO14001を導入して実践していたりしているわけですが、システムなので、これをパフォーマンスに生かすことが重要となってきます。システムを導入することだけが本当の目的ではないはずです。環境管理システムの良いところは、(エネルギーのことなどを)自分で考えるようになる、というところにあると考えられます。また、自ら考えるためには情報が必要になってきます。

情報開示の重要性

そこで、環境情報の開示についての話になりますが、1978年に、ラブキャナル事件が起こりました。有害物の排出に関するもので、有害物が地下に埋められていた事件です。1984年、インドのボパールでユニオンカーバイド社が有毒ガスの漏出事故を起こしました。アメリカでも、ユニオンカーバイド社が創業している場所がありました。こういう危険な工場はどこかに出て行ってくれ、というのがよくある判断ですが、アメリカはどうやったら共存できるかということを考えたのです。そのためには工場がどういう物質を扱っているのか、どのくらい排出しているのか、について情報開示しようという流れになりました。1986年、緊急時計画とコミュニティの知る権利法(Emergenncy Planning and Community Right to Know Act)という法律ができました。今日の、いわゆるPRTR法の先駆けで、これが、世界で最初の法律です。これをOECDが効果的であると判断し、各国にPRTRというものを提案しました。皮肉ではありますが、インドのボパールでの事故を契機として、この法律が制定されたのですが、インドではなく、アメリカでできたものです。もし、危険だからコミュニティから出て行けということであるのであれば、インドに行ってしまうだけかもしれない。大切なのは、アメリカで操業してもらいながらも、コミュニティにも信頼される工場になるには何が求められるか、という点にあったのです。
この法律の内容で一番興味深いのは、排出に関して情報として開示しなければいけないという点にあります。当時は、図書館で情報を検索できました。今では、インターネットで検索できます。どのくらい排出していたかという情報を開示するには、企業内部でそれなりの調査が必要です。開示すべき情報をつくらなければなりません。工場長などは、必ずしもそういった物質の排出量などは分かっていませんでした。しかし、情報開示のためには、正確に調査しなければならなくなりました。データが経営者や工場長に提出されますと、その数値に対して「どうしてこんなに排出されているのか」といった質問が出ます。特に排出量について規制があるわけではなく、情報開示する義務があるわけなので、これによってかなりの企業が削減を進すすめました。情報を開示することの意味は、極めて大きいことが分かります。管理システムの議論からすると、管理するための的確な情報を構築することは的確な管理の基盤づくりなのですが、それだけでより良いパフォーマンスにつながる面もあります。

環境情報と企業経営

管理システムに関連して環境情報を整備すること自体は、「経営」そのものにどのように結びついてくるのでしょうか。環境管理システムを実践しています、というだけではなく、得られた情報で一種の診断をしてみていただきたい。自分たちのシステムが、どの程度機能しているか。意味があるものになっているのか、分析してみていただきたい。また、それが、最終的には経営に結びついていくということを考えていかなければなりません。経営の難しさというのは、社会の仕組みがある中に経営がある、という点にあります。経営だけが独立しているわけではありません。例えば、環境税制度があって、ある削減対策をする、というのと、環境税制度がない中で削減対策をする、というのとでは大きな違いがあります。結論だけ言うと、私は、環境税は導入するべきだと考えています。  環境税導入を支持する理由は、例えば、ある企業が温室効果ガスを削減するために投資した、とします。これはその企業にとってはコストです。環境税制度のもとでは削減しなかったら、温室効果ガスの排出に対して100万円という税を支払わなければなりません。しかし、投資すると排出量が5分の1になり、従って、支払う税額は20万円で済みます。しかし、環境税の仕組みがなければ、全てがコストとしてみなされます。ですから、環境税というのは企業側の立場からいえば、企業の環境活動を評価する仕組みとなります。税というのが一番いいかどうかはいろいろ議論があるかもしれません。しかし、何らかの環境の取り組みを評価する枠組は必要です。税は、社会の基盤にあるものです。税というのは、その国がどういう国かというのを示しています。環境倫理的な行為を評価するような国でなければなりません。経営の難しいところは、環境税がいつ導入されるかが分かっていないことです。分かっていれば、それに合わせて意思決定するのですが。環境経営を進めてもらおうと思ったら、確実な情報があった方がよいでしょう。これは政府の責任でもあります。
もう一つ、経営にとってのファクターは、社会です。今は、CSR、コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ(企業の社会的責任)と言っています。これを機会に、積極的に対応していかなければなりません。ソーシャルというのは、関係者がたくさんいる、ということです。企業というのは利益をあげることを目的にした組織ですが、これにかかわっている主体は非常にたくさんあります。20世紀のはじめと終わり、100年前と今を比べたら企業の規模や影響の大きさは桁違いです。大きな多国籍企業になると、売り上げがどこかの国のGDPを上回ることも多いです。社会的な影響は大きいことを前提において企業活動を行わなければならない、ということになります。

グリーン・コンシューマー

地域のどこかで住んでおられる方がいるとします。2つの意味がある。1つ目は、生活者としての視点。この地域がいいまちであって欲しいと願い、こういう面から環境と関わっている。子どもがいらっしゃれば特に、水がいいとか、景観がいいとか、という点も大切になってきます。2つ目は、消費者としての視点。消費者の直接的な行為は消費にあります。消費者として環境に何か貢献ができるのか。これまではあまり関わりがなかった。消費者は、消費の際に商品の選択を行っている。その基準となるのは主に2つ、1つは「価格」(同じものだったら、安いものがよい)、服だったら体に合うとかの「機能、品質」です。この2つが商品などを消費する際の判断基準になります。この2つがほぼ一緒だとした場合、機能品質、価格も同じで、素材だけが違うとします。片方は、燃やすとダイオキシンがでてごみになる。片方は、再利用できて有害物もない。その場合、どちらを選びますか。こうなると環境に良い方を選ぼうとします。ほとんどの人がそうでしょう。つまり、価格と機能、品質に加えて、環境も判断のためのファクターとして多少は出てきています。「グリーン購入」は、これをさらに意識的に主張しています。選択基準の中に環境が入りこんできているのです。このことを実際に実践しようとすると、選択できる状況をつくらなければなりません。そのときに、情報が重要です。まさか、デパートでそれがダイオキシンがでるかどうか、燃やしてみるわけにはいきません。これが本当にリサイクルできる物質かどうかについては、素人にはわかりません。ラベルをはるのも一つの方法です。こうした考え方は何も新しいものではありません。1962年のケネディが大統領教書の中で言っています。「消費者には、4つの権利があります。すなわち、安全を求める権利、知らされる権利、選択する権利、意見を反映させる権利、である」と唱えています。知らないと選べません。どういうものを使ってどういうものをつくったのか、はっきりわかる仕組みが必要です。今日では、あきらかにそのような方向に向かっています。ネットワークを形成したり、信頼できる選択基準をつくる、などは、確実にそういう仕組みが機能するための絶対的な条件です。それが信頼できるものであるかどうかによって効果が随分違ってきます。こういう仕組みが形成されることで、経済的な仕組みとしての環境、つまり、環境の価値に今まで価格がついていなかったから、マーケットで顕在化しにくかったものを価値として顕在化させると理解できます。
グリーン購入のラベルによる情報というのは、選択する際に環境を意識をさせるための情報です。このような情報については、コミュニケーションの場が多く持たれ、伝達されることが重要です。ラベルなどを作ったとしても、消費者にとっては、その意味が、分かるか否か、もしくは、理解できるか、どうか、という問題があります。例えば、こういう物質が入っているとか、家電メーカーが鉛をぬこうとしているか、それがどの程度意味のあるものなのか、と言った具合に、分からなかったら意味がありません。分かってもらえる消費者がいないと、生産者側が表示しても意味がありません。だから、頑張っている企業(生産者)は、分かる消費者の育成をしなければなりません。また、消費者として頑張ろうと思った場合、頑張る生産者をつくらなければなりません。そのような双方向性を実現するために、様々な仕組みがつくられていく必要があります。
環境と経済を両立させる方向性は、この点にあると思います。両方が進化していかなければならない。これを「共進化」と私は呼んでいるのですが、生産者として消費者を支える仕組み、制度が必要で、この制度も進化していかなければなりません。
(まとめ 川本 充)

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